アパートやマンションを売ろうと不動産会社に相談したら、「空室にしたほうが高く売れますよ」と言われた。では入居者にいくら払えば出てもらえるのか——そこで出てくるのが立ち退き料です。
先に結論を書きます。立ち退き料には法律上の相場がありません。借地借家法にも国の通達にも金額の基準はなく、金額は当事者の合意で決まります。民間の解説でよく挙がる「家賃6か月分前後」も、法的な根拠のある数字ではなく交渉の目安にすぎません。
そして実務でより重要なのは、売却のために立ち退きを求めること自体が法律上は弱い立場からの交渉になるという点です。だからこそ、立ち退き料を払わずに売る選択肢まで含めて比べる必要があります。
この記事を読むとわかること
- 立ち退き料の目安と、金額がばらつく理由
- 「売りたいから」が正当事由になりにくい仕組みと、必要な通知の期限
- 立ち退き料の内訳と、1戸あたり・全戸分の総額の試算方法
- 支払った立ち退き料が税金でいくら戻るか(譲渡費用の扱い)
- 立ち退き料を払わずに売る3つの方法と、価格の下がり方
この記事の結論忙しい方はここだけ
- 立ち退き料に法律上の相場はない。民間解説の目安は居住用で家賃6か月分前後だが公的な基準ではなく、店舗・事務所は営業損失の補償が加わるため住居より高くなる。
- 期間の定めがある賃貸借では、期間満了の1年前から6か月前までの間に更新しない旨の通知をしないと、同じ条件で更新されたとみなされる(借地借家法26条)。通知の期限を逃すと最短でも次の満了まで待つことになる。
- 「売りたい」だけでは正当事由として弱い。借地借家法28条は、明渡しの条件として財産上の給付(立ち退き料)を申し出たかを判断材料の一つに挙げている。
- 支払った立ち退き料は譲渡費用になる(国税庁 No.3255)。所有期間が5年以下なら税率39.63%なので、100万円の立ち退き料は約39万円分の節税効果を伴う。
- 立ち退き料・交渉期間をかけずに売るなら、入居者付きのまま売る(オーナーチェンジ)か買取。価格は利回りで決まるため実需向けより下がるが、交渉の不確実性はゼロになる。
立ち退き料の相場に法律上の決まりはない|目安は家賃6か月分前後
立ち退き料の金額を定めた法律はありません。「相場」は交渉の目安であって、支払うべき金額が決まっているわけではないという前提から始める必要があります。
「立ち退き料の相場」で検索すると、家賃6か月分、あるいは40万〜80万円といった数字が並びます。しかし借地借家法(e-Gov法令検索)のどこにも、立ち退き料の金額や算定式は書かれていません。
金額を決めるのは、あくまで貸主と入居者の合意です。合意できなければ裁判所の判断に委ねることになり、そこでも「いくら払えばよい」という基準は示されていません。
賃貸借契約を終わらせて退去してもらう際に、貸主が入居者に支払う金銭のことです。法律上の用語ではなく、借地借家法では「財産上の給付」と表現されています。
相場がばらつくのは、金額を決める基準が法律に無いから
解説記事ごとに金額が違うのは、どれかが間違っているからではありません。金額が「貸主側の事情の強さ」と「入居者側の不利益の大きさ」のバランスで決まるため、同じ家賃でもケースによって上下するのです。
たとえば築古で耐震性に問題がある建物の建て替えと、単に高く売りたいという理由では、貸主側の事情の強さがまったく違います。前者なら低めの立ち退き料でも成立しやすく、後者なら高くなります。
立ち退き料が高くなりやすい条件
- 貸主側の必要性が弱い(建物に問題がなく、売却益が目的)
- 入居年数が長い、高齢・単身などで転居先を探しにくい
- 店舗・事務所で、移転により売上が落ちる
- 周辺の家賃相場が上がっており、同条件の部屋が見つからない
居住用・店舗・事務所で金額の考え方が変わる
住居の場合、入居者の不利益は主に引越しと新しい部屋の初期費用です。これは金額が見積もりやすく、結果として金額の幅も比較的狭くなります。
一方、店舗や事務所は移転によって売上や顧客が失われる分の補償が加わります。内装工事をやり直す費用も発生するため、住居とは桁が変わることも珍しくありません。
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| 用途 | 民間解説で挙がる目安 | 金額に含まれる主な要素 | 交渉の難しさ |
|---|---|---|---|
| 住居(単身) | 家賃6か月分前後 | 引越し費用、新居の敷金・礼金・仲介手数料、家賃差額 | 比較的まとまりやすい |
| 住居(ファミリー・長期入居) | 家賃6〜12か月分前後 | 上記+転校・通勤など生活環境の変化への配慮 | 入居年数が長いほど難航 |
| 事務所 | 賃料の2〜4年分とする解説もある | 移転費用、内装・設備の再構築、休業期間の損失 | 金額の開きが大きい |
| 店舗 | 賃料の5〜10年分とする解説もある | 上記+立地に依存した売上・顧客の喪失 | 最も難航しやすい |
※いずれも民間の解説で示されている交渉上の目安であり、法律や行政が定めた基準ではありません。実際の金額は個別事情で大きく変わります。
公共事業の「借家人補償」から内訳の考え方を借りる
民間の立ち退き交渉に公的な基準はありませんが、道路や河川の公共事業で借家人に立ち退いてもらう場合には、国が算定の考え方を公表しています。借家人補償調査算定要領(国土交通省近畿地方整備局)がそれです。
この要領では、借家人への補償金を「返還されない一時金」「返還される一時金」「家賃差補償」の3要素で構成するとしています。礼金のように戻ってこないお金、敷金のように戻ってくるお金、そして新旧の家賃の差額、という切り分けです。
民間の交渉にそのまま適用できるものではありませんが、金額を根拠づけて提示したいときの型として使えます。「家賃6か月分」という丸い数字より、内訳を示したほうが入居者も検討しやすくなります。
- 立ち退き料の金額を定めた法律はなく、「相場」はあくまで交渉の目安
- 貸主側の事情が弱いほど、入居者の不利益が大きいほど金額は上がる
- 国の借家人補償の考え方(一時金+家賃差)は、内訳を組み立てる型として使える
「売りたいから」だけでは正当事由にならない|立ち退き料で補う仕組み
貸主から契約を終わらせるには正当事由が必要で、売却したいという事情はそれ単独では弱いとされています。立ち退き料はその弱さを埋めるための材料です。
ここが立ち退き交渉の核心です。入居者が家賃を払い、契約を守って住んでいる以上、貸主の都合だけで出てもらうことはできません。
借地借家法28条が見る4つの事情
法務省が公表した借地借家法の更新拒絶等要件に関する調査研究報告書(法務省)では、借地借家法28条が更新拒絶・解約申入れに正当事由を求め、その判断基準として次の事情を挙げていると整理されています。
- 双方の使用の必要性貸主・入居者それぞれが建物を使う必要の度合い
- 従前の経過これまでの契約関係や家賃の支払い状況
- 利用状況・建物の現況老朽化の程度や実際の使われ方
- 財産上の給付の申出立ち退き料を提示したかどうか
注目してほしいのは、立ち退き料(財産上の給付)が4つのうちの1つにすぎないことです。お金を積めば必ず出てもらえる、という制度ではありません。
「立ち退き料を払うと言っているのに応じない」という相談は少なくありません。しかし法律上、入居者には応じる義務がありません。金額を上げる以外に、建物の状態や貸主側の必要性といった他の事情も合わせて説明する必要があります。
更新を断るには1年前から6か月前までの通知が必要
多くのアパート・マンションは2年契約のような期間の定めがある契約です。この場合、更新を断るタイミングに期限があります。
借地借家法の条文抜粋(国土交通省)によれば、26条は期間満了の1年前から6か月前までの間に更新しない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなすと定めています。
- 満了の1年前ここから更新拒絶の通知を出せる期間が始まる
- 満了の6か月前通知の期限。過ぎると自動更新とみなされる
- 期間満了通知があり正当事由も認められれば契約は終了
- 次の満了日通知を逃した場合、実務上はここまで待つことになる
つまり売却を決めてから動き出しても、すぐには空室にできません。通知の期限を逃せば、最短でも次の満了日まで持ち越しになります。売却の時期を決めている場合は、この時間軸が現実的な制約になります。
定期借家契約なら立ち退き料なしで終われることもある
契約が定期借家契約(定期建物賃貸借)なら話は変わります。期間満了で更新されず確定的に終了する契約なので、正当事由も立ち退き料も原則として不要です。
ただし手続きの期限があります。定期借家制度の解説(国土交通省)では、期間が1年以上の定期借家では、賃貸人は期間満了の1年前から6か月前までの間に終了の通知を出す必要があるとされています。
まず契約書を確認する
- 定期借家かどうかは契約書に明記されている(書面でなければ定期借家にならない)
- 定期借家なら、満了の1年前〜6か月前の終了通知で終われる可能性がある
- 普通借家なら、26条の更新拒絶通知+28条の正当事由が必要になる
- 売却目的は正当事由として弱く、立ち退き料は4つの考慮事情の1つにすぎない
- 普通借家では満了の1年前〜6か月前に更新拒絶の通知が必要(26条)
- 定期借家なら立ち退き料なしで終われる可能性があるので、まず契約書を確認する
立ち退き料の内訳と総額の出し方|1戸あたりと全戸分で考える
立ち退き料は「引越し・初期費用」「家賃差」「迷惑料」に分解して積み上げると根拠が示せます。区分マンション1戸なら数十万円、複数戸のアパートなら総額は数百万円規模になります。
内訳は「引越し・初期費用」「家賃差」「迷惑料」の3つ
前述した国の借家人補償の考え方を、民間の交渉で使える形に組み替えると次の3本柱になります。
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| 内訳 | 何を補うお金か | 金額の決め方 |
|---|---|---|
| 引越し費用 | 荷物の運搬・不要品の処分 | 見積書の実費が基本。間取りと距離で変動 |
| 新居の初期費用 | 敷金・礼金・仲介手数料・火災保険 | 家賃の4〜6か月分相当になることが多い |
| 家賃差額の補償 | 同条件の部屋の家賃が上がる分 | (新家賃−現家賃)×補償する月数 |
| 迷惑料・解決金 | 退去に伴う手間や精神的負担 | 交渉次第。合意のための調整弁になる |
※実費で示せる部分(引越し・初期費用)と交渉で動く部分(迷惑料)を分けて提示すると、入居者も判断しやすくなります。
家賃8万円のワンルーム1戸で試算する
内訳を使って、実際に金額を組み立ててみます。数字はあくまで計算の手順を示すための仮定です。
家賃8万円・単身入居者1戸の積み上げ
- 引越し費用(単身・同一市内):10万円
- 新居の初期費用(家賃5か月分相当):40万円
- 家賃差額(月5,000円 × 24か月):12万円
- 迷惑料:10万円
- → 合計 72万円(家賃の9か月分相当)
「家賃6か月分=48万円」という目安より高くなりました。内訳を積み上げると目安を超えることは珍しくなく、逆にいえば目安だけで予算を組むと足りなくなります。
6戸のアパートなら総額はいくらになるか
一棟物件の場合、立ち退き料は戸数分かかります。さらに全戸が同時に合意するとは限らないため、1戸でも残れば空室にできません。
6戸すべてに退去してもらう場合の総額
- 1戸あたり平均70万円 × 6戸:420万円
- 交渉を依頼する弁護士費用(1戸あたり20万円と仮定):120万円
- 空室期間中に失う家賃(8万円 × 6戸 × 平均3か月):144万円
- → 総額684万円の負担
空室にして売ったときの価格が、入居者付きで売る場合より684万円以上高くならなければ、立ち退きは経済的に見合いません。
立ち退き料を払うかどうかは「払えるか」ではなく、空室にすることで上がる売却価格が、立ち退き料+弁護士費用+空室期間の家賃損失を上回るかで判断します。先に両方の売却価格を知らないと、この比較はできません。
- 内訳は引越し・初期費用・家賃差額・迷惑料の4項目に分解して積み上げる
- 積み上げると「家賃6か月分」の目安を超えることが多い
- 一棟物件では戸数倍の費用+弁護士費用+空室期間の家賃損失まで見込む
その賃貸物件、入居者付きのままならいくらで売れるか知っていますか?
持ち続けるか、手放すか。判断の前提になるのは「現在の価格」です。
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立ち退き料は譲渡費用になる|税率によって実質負担が変わる
売却のために支払った立ち退き料は譲渡費用として売却価額から差し引けます。所有5年以下なら税率39.63%なので、実質負担は約6割に下がります。
国税庁は「貸家を売るための立退料」を譲渡費用と明記している
立ち退き料の税務上の扱いは、はっきりしています。No.3255 譲渡費用となるもの(国税庁)は、譲渡費用の例として貸家を売るため、借家人に家屋を明け渡してもらうときに支払う立退料を挙げています。
同じくNo.1382 立退料を支払ったとき(国税庁)でも、賃貸している建物やその敷地を譲渡するために支払う立退料は、譲渡に要した費用として譲渡所得の計算上控除されるとされています。
同じページには、譲渡資産の修繕費や固定資産税など資産の維持・管理に要した費用は譲渡費用に含まれないとも書かれています。売却前に行った原状回復や修繕は立ち退き料と違う扱いになるため、まとめて経費と考えないよう注意してください。
所有5年以下か5年超かで実質負担は2倍近く違う
譲渡費用が増えれば課税される譲渡所得が減り、税金も減ります。減る税額は税率次第です。
No.3211 短期譲渡所得の税額の計算(国税庁)によれば、譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年以下の土地や建物は短期譲渡所得となり、税額は課税短期譲渡所得金額×30%(住民税9%)で計算します。さらに復興特別所得税として基準所得税額の2.1%が加わるため、合計の税率は39.63%になります。
一方、No.3208 長期譲渡所得の税額の計算(国税庁)の対象は1月1日時点で所有期間が5年を超えるもので、所得税15%・住民税5%(復興特別所得税を含めて20.315%)が適用されます。所有期間の数え方は短期譲渡所得は何年まで?税率39.63%の落とし穴で詳しく整理しています。
立ち退き料420万円を払った場合に減る税額
- 所有5年以下(税率39.63%):420万円 × 39.63% = 約166万円の税額が減る
- → 実質負担は 420万円 − 166万円 = 約254万円
- 所有5年超(税率20.315%):420万円 × 20.315% = 約85万円の税額が減る
- → 実質負担は 420万円 − 85万円 = 約335万円
譲渡益が出ていて税金を納める場合に限った話です。売却が赤字で税金が発生しないなら、立ち退き料は全額が自己負担になります。
節税効果は譲渡益が出ている場合にだけ働きます。赤字で売る物件に立ち退き料を払うと、負担は丸ごと手残りを削ります。空室が続いて赤字の物件については空室の投資用マンションが売れない?買取での売却方法と税金の注意点も確認してください。
投資用物件に3,000万円の特別控除は使えない
「空室にすれば3,000万円の特別控除が使えるのでは」と考える方がいますが、これは誤りです。
No.3302 マイホームを売ったときの特例(国税庁)の対象は、現在住んでいる家屋か、住まなくなった日から3年を経過する年の12月31日までに売る以前の住居です。もともと人に貸すために買った投資用物件は、自分が住んだ事実がないため対象になりません。
立ち退き料を払って空室にしても、この特例が使えるようになることはありません。空室にする目的は「買い手の幅を広げて価格を上げること」に限られます。
- 売却のための立ち退き料は譲渡費用として控除できる(国税庁 No.3255・No.1382)
- 所有5年以下なら39.63%、5年超なら20.315%の税率分だけ実質負担が下がる
- 赤字売却では節税効果が働かず、全額が自己負担になる
- 投資用物件に居住用の3,000万円特別控除は使えない
立ち退き料を払わずに売る3つの方法|入居者付き売却と買取
立ち退き料も交渉期間も不要な方法は3つあります。価格は下がる可能性がある一方、交渉が決裂するリスクはゼロになります。
入居者付きのまま売る(オーナーチェンジ)
賃貸人の地位をそのまま買主に引き継いでもらう売り方です。入居者は住み続けるので、立ち退き交渉はそもそも発生しません。
価格の決まり方が実需向けとは異なります。不動産鑑定評価基準に関する国土交通省の資料では、収益還元法のうち直接還元法を一期間の純収益を還元利回りで割って現在価値を求める方法と説明しています。つまり家賃が低ければ、建物がきれいでも価格は上がりません。
投資家が「この物件ならこれくらいの利回りが必要」と考える率のことです。利回りが高く求められる(=リスクが高いと見られる)物件ほど、同じ家賃でも価格は下がります。
敷金の引き継ぎや入居者への通知など実務上の手順は、オーナーチェンジ物件の売却|敷金精算・入居者通知と買取での手放し方にまとめています。
自然退去を待ってから売る
入居者が自分の都合で退去するのを待つ方法です。費用はかかりませんが、いつ退去するかはコントロールできません。
メリット
- 立ち退き料・弁護士費用が一切かからない
- 正当事由やトラブルの心配がない
- 退去後は実需の買い手にも売れる
デメリット
- 何年待つことになるか分からない
- 待つ間に修繕積立金や固定資産税がかかり続ける
- 退去後に原状回復費用が発生する
- 建物の老朽化で価格が下がる可能性がある
買取で現況のまま手放す
不動産会社が買主になる方法です。入居者がいる状態、サブリース契約が付いた状態でも、そのまま買い取れるケースがあります。
- 査定を依頼入居者付きの価格と空室想定の価格を両方聞く
- 両方を比較差額が立ち退き費用の総額を上回るか確認
- 方針を決める上回らなければ立ち退きは見送る
- 契約・引渡し買取なら入居者への説明は買主側が引き継ぐ
サブリース契約が付いている物件は、解除の難易度が別の論点になります。サブリース物件は売却できない?解除・オーナーチェンジの進め方と、家賃が下げられてしまった場合の賃料減額請求は拒否できる?サブリース家賃減額の対応と買取での出口も参考にしてください。
- 契約書を見て、普通借家か定期借家かを確認した
- 入居者付きの査定額と、空室想定の査定額を両方取得した
- 立ち退き料・弁護士費用・空室期間の家賃損失を合計した
- 価格差が合計コストを上回るか計算した
- 更新拒絶の通知期限(満了の1年前〜6か月前)に間に合うか確認した
立ち退き交渉の進め方と落とし穴|期間・費用・頼める相手
交渉は通知期限の逆算から始めます。報酬を得て立ち退き交渉を代理できるのは弁護士だけで、不動産会社に任せることはできません。
交渉を進める5つのステップ
- 契約内容と期限を確認する契約の種類、満了日、更新拒絶の通知を出せる期間(満了の1年前〜6か月前)を押さえる
- 売却価格を2通り調べる入居者付きの査定額と空室想定の査定額を取り、差額を把握する
- 立ち退き料の内訳を組み立てる引越し費用・新居の初期費用・家賃差額・迷惑料を積み上げ、根拠のある金額にする
- 通知と提案を書面で出す更新しない旨の通知と、立ち退き料の提案を記録が残る形で送る
- 合意できなければ弁護士に相談する金額の調整で決着しない場合、交渉の代理や調停・訴訟の検討に進む
不動産会社に交渉の代理を頼めない理由
見落とされがちな制約です。不動産会社や管理会社が報酬を得て立ち退き交渉を代理することは、弁護士法72条に触れるおそれがあります。
弁護士法72条に関する政府資料(内閣府)に引用されている条文は、弁護士でない者は、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して代理・和解その他の法律事務を取り扱うことを業とできないという内容です。違反には同法77条の罰則が定められています。
「うちが交渉をまとめます」と提案してくる会社には注意してください。無報酬なら問題にならない整理もありますが、仲介手数料に上乗せするなど間接的な報酬と見られる可能性があります。立ち退き交渉そのものを任せたいなら弁護士が窓口です。
合意できず訴訟になった場合の期間
交渉が決裂すれば、建物明渡しを求める訴訟に進むことになります。期間の見通しを持っておきたいところです。
裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(裁判所)では、民事第一審訴訟全体の平均審理期間が7.8か月、証人尋問などを実施した事件の平均審理期間は18.8か月と報告されています。建物明渡し事件に限った数字ではありませんが、争点のある事件は1年半前後かかると見ておくのが現実的です。
この期間、物件は売れません。さらに弁護士費用が発生し、判決で認められる立ち退き料が自分の想定より高くなることもあります。訴訟に進む前に、入居者付きで売る選択肢と改めて比べる価値があります。
- 交渉は通知期限から逆算して始め、金額は内訳で根拠づける
- 報酬を得て立ち退き交渉を代理できるのは弁護士だけ
- 争点のある訴訟は1年半前後かかり、その間は売却できない
よくある質問
立ち退き料を払わないと入居者に出てもらえませんか?
立ち退き料の支払いそのものは、法律で義務づけられていません。ただし借地借家法28条は、明渡しの条件として財産上の給付を申し出たかどうかを正当事由の判断材料として挙げています。
売却したいという事情だけでは正当事由が弱くなりやすいため、実務では立ち退き料を提示して合意を目指す進め方が一般的です。
立ち退き料の相場は家賃の何か月分ですか?
借地借家法に金額の定めはなく、国が示した公的な相場もありません。民間の解説では居住用で家賃6か月分前後を目安とすることが多いものの、入居年数や引越しのしやすさ、正当事由の強さで大きく動きます。
店舗や事務所は営業上の損失を補う分が加わるため、住居より高くなります。
支払った立ち退き料は売却の経費になりますか?
国税庁は、貸家を売るために借家人に家屋を明け渡してもらうときに支払う立退料を譲渡費用として挙げています。譲渡所得の計算上、売却価額から差し引くことができます。
一方で修繕費や固定資産税のような資産の維持・管理に要した費用は譲渡費用に含まれないため、同じ支出でも扱いが分かれます。
入居者がいるままでも売却できますか?
売却できます。賃貸人の地位がそのまま買主に移るオーナーチェンジという形であれば、入居者に退去してもらう必要はありません。
立ち退き料も交渉期間もかからない代わりに、価格は家賃収入と利回りから決まるため、空室にして実際に住む人へ売る場合の価格より低くなることがあります。
この記事のまとめ
- 立ち退き料に法律上の相場はない。民間解説の目安は居住用で家賃6か月分前後だが、公的な基準ではない
- 売却目的は正当事由として弱く、立ち退き料は借地借家法28条が見る4つの事情の1つにすぎない
- 普通借家で更新を断るには、期間満了の1年前から6か月前までの通知が必要(26条)
- 内訳を積み上げると「家賃6か月分」を超えることが多く、一棟物件は戸数倍+弁護士費用+空室期間の家賃損失がかかる
- 支払った立ち退き料は譲渡費用になり、所有5年以下なら39.63%、5年超なら20.315%分だけ実質負担が下がる
- 立ち退き料を払わない選択肢は、入居者付きのまま売る・自然退去を待つ・買取で手放すの3つ
立ち退きをするかしないかは、空室にして上がる価格が立ち退きの総コストを上回るかで決まります。まず入居者付きのままいくらで売れるかを知ることから始めてください。